子猫を保護しました。
突然ですが、子猫を保護しました。
うちの家のすぐ脇を通る裏路地で、大きな声でみゃーみゃー鳴いていたこの子。
人馴れしているのか、近くに寄るとすぐに寄っていく。
2時間以上大声で鳴き続け、母猫が来る様子もない。雨に濡れて震えている子。
救いたい気持ちはあれど、20年近く世話ができるか?お犬様がいるから飼えないのではないか?といろいろ話をした結果、一度はこの子を諦めようかと思いました。
保護するきっかけになったのは弟の言葉。
捨て猫がいる、と言ったところ、あのねぼすけは瞬時に起きて「助けよう」と言ったのです。
言葉にすると淡白ですが、彼にしてはものすごく真面目で、毅然として。
いつものへらへらした姿とは全然違う姿に姉はちょっと泣きそうになりました。
最初は飼う覚悟で子猫を保護しました。
しかし先住犬の姫様は過敏に反応、大暴れ。
不注意でしたが、いつもは座って待つようなちょっと開いた玄関を力ずくで押し開けて脱走し庭を疾走。
捕獲してなだめても、猫の鳴き声が聞こえると吠えるという有様でした。
率先して保護しようとした弟も、拾ってやろうかなぁとらしくないことを言う飄々とした父も、躊躇いはあるものの救いたいと思っていた母も、飼う覚悟を持った私も、お犬様のためにも子猫のためにも別々に暮らすのがいいという結論になりました。
結果一時保護。
子犬からお犬様を飼っているとはいえ、猫は飼った経験のない我が家はどうするべきかうんうん悩みました。
ツイッターでぼやき、某ゲームの愛猫家が多いギルドチャットで相談したところ、ツイッターでは同時期に子猫2匹保護している友人が、ギルドチャットでは様々な方からアドバイスをもらいました。
で、その2点から共通して言われたのが「動物病院へ」
寄生虫がいるからと言われましたが、私としては飼ったことがない動物の子を保護してもどうしていいか分からないということで。
動物病院では子猫の排泄の仕方、食事の与え方や環境作りなどを伺いました。
体重は300g、およそ生後3~4週間といったところの男の子でした。
寄生虫の駆除のため、レボリューション(ノミ フィラリア 回虫予防)を投薬し、幼猫のフードを購入。
ふやかしたペースト状のフードをよく食べ、おぼつかない足取りですがすばしっこく動く元気な子です。
ツイッターや里親募集サイト、LINEのタイムラインを利用したところ、友人から「おばあさまが愛猫を亡くして寂しそうにしている」ということで打診してくれることになりました。
アドバイスをもらえる人がいるにしろ、里親様候補が見つかるにしろ、とても恵まれていると思いました。
里親様のもとで幸せに暮らすか、折り合いをつけながら我が家で保護し続けるかは分かりませんが、この子が幸せになるために最善を尽くしたいと思います。
みにまむ化
本をたくさん買いました。
療養中本を読んでいるのですがとうとうおもしろそうな本が底を尽き、暇だ暇だと喚いたところ母が買い物に誘ってくれました。
通販で6冊
新刊を3冊
中古本を3冊
そんなに増やしてどうするんだ、という気持ちはあるけれど、読みたいんだから仕方ない。
1冊ちょこっと読みましたが物を減らす心に火がついて、もともとあまりモノが入っていなかった棚を突発的に撤去。
この棚は弟の部屋空手の栄光を収める一角へと転進しました。
もともと台所にあった棚。私の部屋に転がり込んできて、今度は弟の部屋で活躍です。
捨てるだけじゃないんですよ。
まぁ、弟の部屋にあった使いづらい棚(メダルやトロフィーが床に置いてあるように見えるくらい低い低い棚)は来月の粗大ごみで処分しますが…。
棚のあった場所に観葉植物(手前)を配置しました。
棚に入っていたモノたちは、机の下の見えないところに移動。
棚に収めていた本はすぐに取り出せる配置にしました。
私の部屋にあるメインのものは机とベッドだけ。
今まで出しっぱなしにしていたデスクライトやノートパソコンは使用のたびに机の上から片付けることにしました。
手間をかけることに愛おしさを見出せるようになりたいです。
部屋と、洋服。
今の私の断捨離の課題です。
本を読みながらよりよい生活が出来るようにしていきたいです。
退院とそれから
ちなみに私がかかった病院は次回の外来診察までいろいろ禁止!というスタンスです。
お風呂も、運転も、(恐ろしく関係ないけど)性生活も許可が下りるまで。
といいつつ短距離&必要最低限の運転はしているんですけどね(現在術後2週間)。
退院して1週間は体力のなさから何もする気が起きなくて嫌気がさしましたが、術後2週間後からめきめきと体力がもどっているような実感が。
時々さぼりながらも、毎日散歩をしたのがよかったのかな?
体重も3キロほど落ちました。体脂肪率は変わりません。
ちなみに3割負担で治療費は8万円ほどでした。(除 部屋代 病衣 食事)
私の見解としては
☆1ヶ月は様子見
☆体力 筋力は確実に落ちる
☆へそピアスはふさがるのを覚悟
(以下質問があれば増えていきます)
といったところでしょうか。
次回の外来でなにもなければ卵巣腫瘍とはサヨナラです。
途中から砕け崩壊めちゃくちゃな文体ですスミマセン。
何か聞きたいことなどありましたら体験談にはなりますがお伝えできますのでお気軽にどうぞ☆
それでは卵巣腫瘍についてはいったん終了です。
入院5日目
ここでやーっとシャワーの許可が下りる。
頭は3回洗ったし体も3回洗う。
シャワーにかかれるのがこんなに幸せだとは思わなかった!ビバシャワー!みたいなテンションでした。
が、シャワーを浴びるだけで2時間ほどつぶれてました。それだけ体力が衰えているということに愕然。
すでに常食には戻っているとはいえ、絶食点滴(ほとんど食べてないけど)流動食ということで胃は小さくなってしまって全部食べられない。
回復しているとはいえ、手術のダメージをひしひしと感じました。
シャワーの後に退院前診察。
良好良好ということで翌日退院が決まりました。
予定より1日早い退院になりました。
家に帰りたいけど俗世には帰りたくねぇ!という気持ちでいっぱいでしたが、最終日に近くなると普通に動き回れるようになるので、病院にいてもしゃーないもんなぁという気持ちに。
痛みもそんなにないし普通に動き回れるから片付けもできる。荷物はどんどん減っていったし、退院準備は楽でした。
病院は割かし街中にあります。都会の光が大好きなので最終日は病棟をうろうろしておりました。
入院4日目
前の晩調子に乗りすぎたせいかだるかったと記録。そして術後から体温が高い状態が続くので微熱のせいなのではなかろうか。
起きるときやら笑うと相変わらず傷は痛むが、けっこう動けるようになる。
ただ、腹腔鏡手術なので空気を入れての手術。その空気のせいで前日から肋骨なり肩なりがめちゃくちゃ痛い。アイタタタと言うのは当たり前。主治医に痛いです!というくらいには辛かった。
でもやっぱりシャワーは浴びたい。
この辺からわりと普通にうろちょろしだすし、動けと言われる。
寝るとき腰が痛くて悶絶する。なぜにいまさらと思いながら 入院 腰痛 やら ベッド 腰痛 やらで検索をかけると妊婦ネタしか出てこなくて携帯ぶん投げたくなりました。
すみませんこのあたりからだいぶ元気になったので記録と記憶があまりないです。
つまりそのくらい元気になりました。
入院3日目
なんと手術翌日から食事が出ました!
まぁ重湯なんですけど…。
しかし重湯はもちろん、お粥が全くだめな私は全く手も出せないのです。
重湯、三分粥…とだんだんあがっていくのですが、
ごめんなさい、手付かずです☆
先回り話題ですが、お粥類全く食べずに常食に戻りました。ごめんなさい。
改めて病人食っておいしくないんだなぁと思いました。
歩行練習も当然始まります…が、手術前はあんなに歩けたのに術後はほんとにまぬけな歩き方になりました…。
例えるならFF8の足つったラグナ。あんな感じです。
でもとりあえずは歩けるということで、尿管抜去!さらばオムツ!こんにちはトイレ!でした。
まぁまずしたことといえば洗顔でした。歯磨きと洗顔ができないってこんなにも不快なのかと発狂しそうになりました。
トイレでまじまじとおなかの傷を見たわけですが、ボンドでべったりととめられていました。
へそピアスは当然お陀仏。へその形もしっかりと変わっておりました。悲しいけど仕方がない。
点滴も外され、わりかし回復が早いのを自分でも感じておりまして、うぬぼれた私は「体に悪いものが食べたい!」とごねました。LINEで。母に。
ちょうどテキサスバーガーなりベーコンポテトパイなり、魅力的なマックのCMが流れるので拷問かと思いました。
まぁしっかりとダメージは食らってます。唇の見えるところに口内炎が2つ出来ました。外なのに口内炎とはこれいかに。
夜になるとなんかジャンプできるんじゃね?とかシャワー浴びたい!とか、そんなことを考えておりました。
術後の回復が目覚しい。若くてよかったと思いました。
入院2日目
午前9時前、病棟から手術室へ。
足に血栓予防の機械を装着(機械といっても薄いシートみたいな感じ。圧迫したり緩んだり)し、車椅子に乗せられて。
手術室手前で帽子を被り、手術する箇所を確認し、いざ手術室。
うん、手術室でした。
テレビで見るほど重苦しくはないですが、照明は立派に手術室のそれでした。
狭い&高い手術台にどっこいしょと載りまして、肩のスナップボタンを外され手術着を剥かれ、未知の手順に!!!?!???!となりながら天井を見上げるしかできず。
しかしまぁ手術前とは思えない軽さの会話でしたね、それはある意味助かりました。おかげで鼻がかゆくなりました(?)
麻酔のマスクを装着したらほんのりとアルコール臭。
あー麻酔ってこんなもんかーと思ったら
目が開けたら腹が痛い。生理痛みたいな感じで腹が痛い。
「終わりましたよー」と言われてあぁこれ手術終わったから腹が痛いのかと。
麻酔がいつ効いたのかも分からないし、いつ落ちたのかも分からんし、どのくらい眠りこけてたのかも分からない。
麻酔ってしゅごい
で、目が覚めたとたんベッドにどっこいしょ!と力技で持ち上げられて移動。さすがにこれは痛かった。
そのあとはがらがらと病室に送られました。
寝てたのであっという間でしたが、2時間くらい寝てたらしいです。
麻酔で気分が悪くなるのを覚悟しておりましたが、そんなことは全くなく。
ただしっかり頭はやられてました。取りとめもないどーでもいいくだらない話をお見舞いの母にお見舞いしてやりました。
ぴりぴり痛むので痛み止めをお願いしたらまさかの筋肉注射でした。いや、飲めないから注射しかないけど筋肉注射って…事前に教えてよ!って思いましたね。しかも2本。
めちゃくちゃ痛かったです。
17時から水は飲めるということで17時まで我慢すればよかったです。ハイ。
ところで手術着の下にパンツを履いていたのですが、いつの間にか綺麗に剥かれて綺麗に包装されて後ほど病室に届けられました。
尿管ぶっさされオムツはかされという状態です。
で、その尿管なのですが、流れない事態が発生しまして。
尿管って流れてる感覚はなくともしっかり尿が流れているんですよね。
それが流れない。膀胱に尿は溜まる。トイレに行きたい。でも排泄できない。
排泄できないのに尿意があるって地獄でした。脂汗が出ました。
看護師さんに助けを求めたのに一度はスルーされる悲しさ。本気で尿管ぶっさされてる患者さんは永遠の尿意に耐えているのかと思いました。
まぁ流してもらって助かりましたが。
チューブ内の流し方を覚えた母は楽しそうに私の尿を流しておりました。
母「これも…愛よ!」とのことでしたがあまり嬉しくなかったです。
この日のうちに摘出したものの報告がありました。
髪の毛と脂肪。
どこまでデブで、どこまで毛深いんだと母と話しました。
夜になり看護師さんから「明日歩くから横向きになったほうが楽よー」と言われまして。
まじかよと思いました。横すら向けない。痛いから。
どっこいどっこい動きながら横向きで寝ました。
痛みで寝れない!なんてことはありませんでした。医療の進歩に乾杯。